映画『シン・ゴジラ』の総監督を勤めた庵野さん。第40回日本アカデミー賞では最優秀監督賞を受賞し、勢いに乗っています。
庵野監督の代表作は何と言ってもエヴァンゲリオンシリーズ。庵野監督が代表を務める株式会社カラーの公式ツイッターが本日「『シン・エヴァ』の打ち合わせ。鋭意制作中です!」とつぶやき、たちまちリツイートが1万回を突破、エヴァファンの期待度が加速しています。
それもそのはず、最後の劇場版『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が公開されたのは2012年11月。すでに丸4年と4ヶ月も経っているので、鋭意制作中のツイートが歓迎されないわけがありません。
そんな庵野監督ですが、意外や意外、その創作原点は帰ってきたウルトラマンと映画『激動の昭和史 沖縄決戦』と言われています。詳しく見ていきたいと思います。
創作原点1、帰ってきたウルトラマン
1971年から翌年にかけて放送されていたウルトラマンシリーズ。庵野監督は当時11歳ですね。あまりに好き過ぎて、学生時代に自作で帰ってきたウルトラマンを自主制作映画として作るほどです。
『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』の主人公が人間離れした隙のない、いかにもヒーロー風に描かれていたのに対し、帰ってきたウルトラマンの主人公は一般人とヒーローという2つの顔を持ち、その狭間で葛藤したり、特殊能力ゆえの傲慢な振る舞いをしたり、成長したりと、とても人間らしい一面が描かれています。この点はエヴァのシンジに通じるところがあると思います。
帰ってきたウルトラマンはウルトラシリーズの中でも名作(問題作)が多く、例えば、差別への怒りをテーマとして前面に出した第33話「怪獣使いと少年」や、同じく差別や特別扱いをテーマとした第31話「悪魔と天使の間に…」は、子供作品の域を完全に超えたメッセージ性の強い作品になっています。
定期的に怪獣が襲来し、迎撃部隊とわずか数分しか活動できないヒーローが怪獣をやっつける、という作品の構成はそのままエヴァンゲリオンに使用されています。
創作原点2、映画『激動の昭和史 沖縄決戦』
1971年7月17日に公開された映画で沖縄の地上戦を描いた作品です。シン・ゴジラさながらテンポがとても早く、3時間の長編ですがあっという間です。地名や軍の役職名などテロップもたくさん出てくる点もシン・ゴジラとよく似ています。
公開当時、庵野監督はまだ11歳ですが、後にこの映画が大好き過ぎて、作業BGMにして100回は見てる(聞いてる)と本人が公言しています。戦争を描くための特殊効果や音響技術も参考になっているのかもしれませんね。
なおこの映画の監督である岡本喜八さんはシン・ゴジラの牧元教授役で、写真だけですが出演しています。